母と娘
長女が母親の愚痴のはけ口にされやすい・・・という記事を見て、ものすごく共感してしまった。
先に断っておきたいけど、母のことは尊敬しています(笑)
先日会った同期とも盛り上がった話題だけれど、母親が娘(とくに長女)にだけ話す話題というものがあって、これが大体面白い話ではない。
親戚の愚痴とか、親族内の諍いとか、解決策はなく(提示しても否定されるので無意味)、ただ聞いてほしいだけなんだろうな、というもの。
私の母は、父の話、父の両親(特に父方祖母)とうまくいかないという話、父の親族の愚痴が主であった。
同期の母は、父と兄の不仲が主たる内容とのこと。
誰かに聞いてほしい気持ちは、人としては理解する。
しかし、言うべき相手は子ども(娘)なのだろうか。
小学生の頃から父の愚痴、父方祖母の愚痴、父の親族の愚痴を聞かされた身としては、以下のような問題があったと考えている。
- 父に対するイメージダウン
大人になるに連れて、父の良いところも見えるようになり、多少変わってきたところはあるが、基本的に父=わがままで困った人というイメージは変わっていない。
- 父方祖母、父方親族に対する不信感
子どもだった自分にとっては、母の話だけが真実であった。
父方祖母のことは嫌いではなかったけど、母をいじめる人というイメージがついてしまったことは否めない。
父方親族についても、困った人たちという印象が今でも拭えない。
遠方だったので、年に1~2回しか会う機会がなかったのも、イメージが変わらなかった原因かもしれない。
- 「子ども」でいさせてもらえなかった悲しさ
これが一番まずいと思っているんだけど、子ども時代に、愚痴のはけ口として「大人扱い」されるのは辛い。
「あなたは長女だから話すけど」って、全然理由になってない。
「子ども」でいさせてもらえなかった子どもは、たぶん何かを失っている。
両親が不仲で、家庭内で空気を読んで育ってきたとか、そういうケースも当てはまると思う。
母の愚痴の行き先について、子どもが男子のみの家ではどうなるのか興味があるところ。
この話に限らず、母は娘を同一視しやすいと思う。自分と同じであってほしいと。
母と話していて、育児なども自分と同じであったほしいんだな、と感じることが多い(母乳かミルクかとか)。
はいはいそうね、と流して自分流にやるつもりだけど。
何にしても、負の再生産だけは避けないといけないので、私は子どもにこういう話はしない。
夫の良いところ、いつも家族のために頑張ってくれていることを話したい。
夫や親族の愚痴があるなら、友達に言うかブログに書けばいいよ。
母に帰責する言い方になってしまったけど、母の不満を聞けなかった父に最大の問題があるような気もする。